私とラグマン ラグマン探訪記


皆さんはラグマンという料理をご存知だろうか。
いやむしろ、ラグマンとは一体なんなんだろうか。端的に言ってしまえば肉と野菜と小麦粉から作られる麺料理である。こう言えば非常にシンプルに聞こえるだろう。



ラグマンの説明は後におくとして、中央アジアの料理といえば、プロフ、サモサ、シャシリク(カバブ)と並んで、ラグマンは絶対に外せない。何を隠そう、この私もラグマンに魅了された一人である。


ラグマンとの出会い

私とラグマンとの出会いは、遡ること2年前、2016年の3月のことである。


当時語学研修でカザフスタンにいた私は、知り合いの日本人に滞在していた学生寮の近くのウイグル料理の店に連れて行ってもらった。
店内はよくいえばシンプル、悪くいえば物置に近い装いで、少々心もとなかったのを覚えている。

店の名前は漢字で「新疆風味」。メニューも漢字表記がメインだった。中央アジアの街の外れにこんな店があるのか、と内心驚いていた。とはいえ中国語の料理名は分からず、とりあえずおすすめということで、無難にЛагменと書かれたメニューを頼んでみた。

結論からいえば、そこで食べたそのラグマンと名のついた料理は、それまでに食べたどんな麺料理よりも、もっといえばどんな炭水化物よりも刺激的で美味しかった。(多分セロリが入っていたからだと思う。)

太くてコシのある麺、シャキシャキとした野菜の歯ごたえ、トマトベースによくわからないが何やら旨味のあるスープ、一口大の羊肉と、それぞれの食材が完璧なハーモニーを奏で、口の中が幸せで満たされていく。皿に乗っているそれは対して多くないように見えるが、完食する頃には不思議と腹も満ちていた。

一瞬でラグマン堕ちしてしまった私は、可能なかぎり毎晩その店にラグマンを食べに行っていた。ラグマン以外のメニューもあることはあったが、一度だけ別メニューを頼んで非常に辛い目にあったのと、なによりもラグマンがうますぎたため、頼むのはほとんどラグマンだった。



店に通ううちに気づいたことがある。ラグマンにもどうやら種類があるらしいということである。
大きく分けると、

①汁ありラグマン
②汁なしラグマン
である

個人的には汁ありラグマンの方が好きだが、その店の一番の売りは汁なしラグマンだった。

新彊風味の汁なしラグマンは、5センチほどの長さに切った麺を使い、辛い味付けが食欲をそそるラグマンだった。
汁なしの麺といえば、ナポリタンやカルボナーラスパゲティ、焼きそば、担々麺、あるいはまぜそばなどが思い浮かぶが、未だにあのラグマンを超える汁なし麺を味わったことはない。UFOのカップ焼きそばすら相手にならないだろう。

もちろん汁ありラグマンもうまい。はじめて私が虜になったラグマンがその店の汁ありラグマンだった。

と、ここまで書いてきたが、残念ながらそのウイグル料理屋、我々が帰国してからしばらく経って閉店してしまった。もうあの奇跡を味わえないかと思うと、最愛の恋人を失ったかのようである。否、恋人であればまた出会えるかもしれないが、うまいラグマンは常に一期一会なのだ。この世界にとって大きな損失である...


ラグマン屋紹介

さて、ラグマンとのはじめての出会いはこういった経緯だったが、私は現在ウズベキスタンに住んでおり、機会を捉えてはラグマンを食べに行き、また新しいウイグルレストランを見つけては地図に目印をつける日々である。

ここでタシュケントで食べられる美味しいラグマンの店を紹介しておこう。

Uygur taomlari 

まず、現在最も気に入っているラグマンは、ボドムゾル(Bodomzor)の地下鉄の駅から700mほど東に行ったところにあるウイグル・タオムラル(Uygur taomlari) である。値段は14000スム(200円くらい)。この店は他に卵と野菜の炒め物も怒涛のうまみといった味わいでとても美味しい。残念ながらラグマンのお写真はないので、想像してください。

googlemap→ https://goo.gl/maps/9SUr7DnGMtq

Tuxum say 卵と野菜の炒め物。中華の雰囲気


Restoran Dodon

ブユキ・イパキ・ユリ(Buyuk Ipak Yo'li)の地下鉄の駅から東北に2kmほど、グリシャン公園(Gul'shan bogi)にあるドドン(Restoran Dodon)
ここは10900スムからウイグルラグマンが食べられ、一口大のサイズの串焼きケバブ(コヴルマケバブ?)も美味しい。
肉入りノンも置いてあるので、大人数で行く場合はぜひ食べてみてほしい。魚料理が結構あるのも魅力。この店のラグマンは、美味しいことは美味しいし麺にもしっかりとコシがあるのだが、他の店に比べてあまり印象に欠ける味だった。(たぶんセロリがあまり入っていないからだと思う。)また、ラグマンのスープは、スープというよりはあんかけに近い。

とはいえここも、ウズベク人のラグマンに比べれば、というか比べるのが失礼なほどうまい。餅は餅屋ということわざがあるように、ラグマンはウイグル人なのだ。

Dodon 外観
ラグマンとその他。左に写っているのはケバブ
Tuxum say
Samarqand Darvaza 5階フードコート

実はウイグルラグマンはフードコートでも食べられる!
チョルスーバザールから南に1kmほどのところにあるショッピングモール、サマルカンドダルヴァザ(Samarqand Darvaza)でも、本格的なウイグルラグマンを食べることができる。
darvazaは門という意味で、昔サマルカンドに向かう方面の城壁の門があったことからついた名前らしい。それはともかく、メニューも多彩なので、中心部からはちょっと遠いが、ラグマンに目がない方はぜひともいってほしい場所である。
googlemap→ https://goo.gl/maps/dMPXG13e7mG2


ラグマンとノン(本当にノンなのか?)



結論に代えて

これは私見だが、ウイグル料理というのは、中央アジア料理と中華料理の2つのDNAを引き継いだいわばサラブレッドである。
ラグマンやTuxum Say(野菜と卵の炒め物)などの炒めものを試しに食べてみれば、その意味がわかるだろう。プロフやサモサやシャシリクなど、それ自体はとても美味しいのだけど、それだけだと悪くいえば単調になりがちな中央アジア料理の大味感を、中華料理の醬調味料のような旨味がうまくカバーしている。ハーモニーである。

ウズベク人に「ウズベキスタンで好きな料理は何か」とよく聞かれる。
私はよくラグマンが一番好き、と答えるのだが、彼らの中には「ラグマンはウズベキスタンの料理じゃない、あれはウイグルの料理だ」とちょっと不満げな顔をする人もいる。わかってるじゃねーか。私もラグマンはウイグル料理だと思う。といのは、うまいラグマンを作れるのはウイグル人だけだという謎の信念が私の中にあるのだ。ウズベク人が作るラグマンも何度も食べてみたが、彼らの作るラグマンは悲しくなるくらい麺にコシがない。あの刺激的なスープの旨味がない。ただしょっぱいスープに小麦粉の塊が入っている何かなのだ。ウイグルラグマンこそ至高。これを覆せるものなら覆してほしい。というか、美味しいラグマンがその辺で食べれるようにウズベク人には頑張ってほしい。

ただし、中央アジアの料理はそれ一塊で一つの食文化と言えないこともないので、間をとってラグマンは中央アジア料理ということでも良いのではないか。



今、私には夢がある。いつか、というか近い将来、新彊の西の端のカシュガルから天山南路を通って東に東にラグマンを食べて行き、最終的に蘭州あたりで牛肉麺に変わる瞬間を体験してみたいのだ。もちろん新彊にも蘭州から東にもどちらの麺もあることはあるだろう。しかし、麺を食べ歩き食べ続け麺のスタイルが変わったと直観的に認識できるような現場に立ち会えた瞬間に、私のラグマン探訪は新たにユーラシア麺探訪として行く先を広げていく、そんな気がしてならないのである。

そして、コシのある麺こそ至高の麺である、ということがわかっているウイグル人は、私一個人の勝手な感想だがやはり偉大な民族なのだ。
ウイグル人の故地に踏み入りラグマンを心ゆくまで味わい尽くしたい。私の頭は、ひとまずそんな思いでいっぱいである。



また、私はよく一人でウイグル料理を食べに行くが、ウイグル料理は複数人で食べに行った方が良い。これにはいくつか理由がある。

まず第一のそして最も大きな理由は一人だとラグマンだけでお腹いっぱいになってしまい、それ以外の料理が入らなくなるということだ。ラグマンが大好きだからラグマンだけでも別に飽きはしないが、それでもメニューにはそれぞれ美味しそうな料理がたっぷり載っており、いつも余計に一品頼んでみたりして、苦しみながら帰りの車に乗っている。
みんなでシェアをするのにちょうどよい量の料理が多いのは、中華料理の影響だろうか。

第2に、上記とは逆に、それまで自分が頼もうとは思いもしなかった料理を頼むことになり、それがとてもうまい、ということが起こりやすい。一人だと、せっかくのご飯で気に入らないものを食べたくない、あるいは財布の負担になるような値段も、大勢なら冒険がしやすいのである。
ただ、疲れきった日に一人で黙々と食べるラグマンにも、それはそれでいいものがある。




最後に、ラグマンのスープをご飯にかけたガンファンという料理があり、ウズベキスタンのウイグル料理屋なら大抵の場所で食べられる。これは日本人好みの味だと思う。言ってしまえばラーメンスープだが、肉と野菜が多い分、日本でラーメンにご飯を入れるよりもよりおかず感は増すと思われる。そんなことはありえないと思うが、万が一ラグマンに飽きたらこちらを試すのもオススメ。ラグマンの次に好き 

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